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東京には、三つの顔がある。江戸と明治と未来である。どれも、じつにいい顔をしている。ご存知のように、東京は日本の首都であり、政治・経済・文化の中枢を担っている。2010年10月現在、東京の人口は約1300万人。世界有数の大都市だ。だが、じつは、東京が日本の歴史の表舞台に登場するのは、400年ほど前のことである。東京という地名にいたっては、わずか140年前だ。もちろん、「京都の東の都」という意味であった。
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その昔、東京は武蔵国の一部にすぎなかった。日本の歴史が京都を中心に動いていた時代だ。この地に、江戸四郎重継という人物が居館を置き、太田道灌という武将が江戸城を築くことになるが、江戸が世界有数の大都市へと成長していくのは、1600年以後のことである。
1600年というのは、「天下分け目の戦い」と呼ばれる関ヶ原の戦いで、徳川家康の東軍が石田三成の西軍に勝利した年だ。その3年後、征夷大将軍に任ぜられた家康は、江戸に幕府を開き、全国を支配することになる。それから1867年に政治権力を朝廷に返上する大政奉還までの、いいかえると、徳川家康から15代将軍徳川慶喜までの264年間を、江戸時代という。
江戸時代、幕藩体制の最高権力者である徳川将軍は代々、江戸城に居住し、江戸の街を将軍の城下町として整えていった。運河を掘り、河川を改修し、江戸城を拡張していったのである。大名を統制するため、参勤交代と称して、大名には江戸と国元を1年ずつ行き来させ、妻子たちを江戸に住まわせた。江戸に富と繁栄がもたらされ、貨幣経済が発達し、商人が力をつけていった。武士を最上の階級とする士農工商の身分制度は、崩壊していくことになる。対外的には、鎖国政策をとった。貿易を統制し、キリスト教を禁ずるためであった。
こうした歴史のなかで、粋を重んじる江戸の文化が花開き、育まれていった。西国で生まれた能や歌舞伎といった伝統芸能が江戸の娯楽となり、松尾芭蕉が俳句を大成し、歌麿や北斎や広重らが浮世絵を描いた。町人たちは、花見、潮干狩り、納涼、花火、月見、菊見、雪見を楽しみ、江戸の街は、朝顔市、ほおずき市、酉の市で賑わった。
江戸という顔は、きわめて生き生きとしている。それは、今でも、東京に色濃く刻まれている。ようこそ江戸へ。


















